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2014年 09月 29日

scene826:御嶽山噴火と民主党「事業仕分け」の関係。

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RICOH GR DIGITAL Ⅱ
2010-01-25 三宅島 

御嶽山(おんたけさん)が大変な事になっていますね。

死者が出て大変な事になっています。
もちろん天災ですが、政治的な人災な部分もおおいにあるんです。



More 民主党政権時代の「事業仕分け」ってありましたよね?
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by rangefinder-love | 2014-09-29 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(6)
2013年 08月 15日

scene411:硫黄島(いおうとう)の英霊に私達は今の日本を語れますか?

<予約投稿です。>
68年前の今日、日本は2,605年にわたる日本国の有史以来初めて戦争に負けました。
そしてそれから68年間、それまでと全く違う国家に成り果ててしまいました。

先に申し上げますが、本日は終戦記念日なので先の大戦について現時点で
私が最も伝えたい事を記載します。

明日は、では今日私達がどうあるべきか(多分皆さんが想像されているような事は書きません)
を記載してこの「本当に伝えたい事」シリーズは一旦終了します。

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RICOH GR DIGITAL Ⅱ
2009年4月30日 八丈小島

あの巨大な戦争であった中でも硫黄島の戦いは最も知られた戦いの一つでした。
六千万(60,000,000)人が殺された大戦で、一番悲惨な肉弾戦だった事もあります。

しかし、それだけではなく日本、アメリカ双方の将兵がおのれを顧みずに戦った事と、
勝利国アメリカの将兵の死傷者が、敗戦国日本の将兵のそれを唯一、上回った、
アメリカの払った犠牲の方が大きい戦いだった事で、アメリカをはじめ世界に記憶されました。

だからこそ、クリント・イーストウッド監督は二本の映画を創り、うち一本を日本への敬意を
込めて、日本の視点で制作するという映画史上初めての事を成し得たのでした。
*日本の視点が正確であったかと言うとそうではありません。隠された事が当然あります。

まずは、なぜ硫黄島をアメリカ軍が欲しかったのか?
日本を効率よく爆撃する為でありました。
アメリカのマリアナ諸島の基地と日本の丁度ど真ん中の場所だったのです。


長距離爆撃機が日本の本土を襲う際に、戦闘機の護衛も受けたい。
帰りに損傷を受けていたり、故障を起こしていたら、安全に不時着して修理出来る場所も欲しい。
ただマリアナ諸島から東京までの往復距離は5,000キロを超える。
戦闘機は航続距離が足りず、護衛できない。戦闘機はガス欠で帰りに海に墜落するしかない。
給油できる場所も欲しい。

神様のいたらずらか、まるで測ったようにちょうど真ん中にある。
羽田から硫黄島まで            1,210キロ
硫黄島からマリアナ諸島のサイパン島まで  1,160キロ

さらには、硫黄島の形すら運命的でした。
北の端から、島の中央部へずっと真っ平らでまるで自然の滑走路にも見える。

ここを絶好の中継拠点として、殺せる日本国民は何倍にもなる・・・。


侵略が始まる時、海上のアメリカ軍海兵隊の指揮官は、
「我々は史上初めて、日本の聖なる領土を侵すのだ。凄まじい抵抗があるだろう。心してかかれ」
と訓示しました。

アメリカは実は日本をよく理解していた。

私達の祖国は、世界の例外でした。
二千年以上もひとつの国家、ひとつの文化、ひとつの皇統を維持し、
ただの一度も、領土を外国に侵された事がなかった。

東京の南、硫黄島が奪われれば、初めての被占領をゆるす事になるのでした。

この場所に、たった68年前に、およそ21,000人の祖国の先輩たちが戦ったのです。

「俺は連れていかれたんだ」と語りたい人もたくさんいるでしょう。
戦争末期なので、職業軍人はおよそ1,000人ほどしかいなかった。
多くは、私のように三十代を中心に働き盛りの、家庭を持つふつうの男性でした。


この島で20,000人が亡くなりました。まさしく玉砕です。

玉砕は、例えばサイパンでもアッツ島でもガダルカナル島でもたくさん起きた。
それらの玉砕の島々からも、未だに遺骨は一部しか帰ってきていない。
ただ、すべて外国の話です。

遺骨が帰郷できないのは、無念でおかしいけど、外国だから日本の自由にはできない。

ところが、硫黄島は日本に一部で、本来は遺骨を取り返すのに何の障害もない。
しかし硫黄島で殺された方々の遺骨は、いまだ13,000人の方々が故郷に帰れていない。


どこにいらっしゃるのか?
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RICOH GR DIGITAL Ⅱ
2009年4月9日 大島 三原山

硫黄島の滑走路の下なんです。

今日も自衛隊、海上保安庁、そして在日米軍が使っている滑走路の下にいらっしゃるのです。

1945年3月 戦いの真っ最中に、地下壕からも地上からも日本兵の亡骸を収容する事なく、
弔う事もなく、その顔に上に、胸に、腹、足の上に直接、アメリカ軍がコンクリートを
流して滑走路を造ったのです。


この行為は無残な行為であったと思いますが、これはアメリカの事であって、
問題にしたいのは日本側です。


沖縄返還の4年前の1968年に日本に返還されました。
本来なら当時の自民党政権の政府は直ちに滑走路を引き剥がして遺骨を収集し故郷に帰って頂く、
それが世界の常識です。どんな国でも、勝とうが負けようが関係ありません。

そこで何をしたか?
一部だけ剥がした。
滑走路の西端の一部だけ剥がした。
後で文句を言われるかもしれないから一部だけ剥がして、その遺骨は取り戻したから、
それもあって一部の遺骨は日本に帰ってきている。


そして大部分は、海上自衛隊や海上保安庁がそのまま使い続けた。

その頃の当事者に直接聞いた方がいる。
私がお勧めしている僕らの祖国 -青山 繁晴-の著者青山繁晴さんです。
青山さんは当事者から

「そのまま使い続ける方が便利だったから」

と聞いたそうです。

*尚、余談ですが、先日安倍首相が硫黄島に訪問した際に飛行機のタラップに降りた後に
地面に這いつくばるようなされた行為は、実は土下座です。
下に眠っている英霊たちに「放っておいて申し訳ございませんでした。」と
土下座されていたのです。
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ところで、硫黄島は一般人は入れません。
玉砕をまぬがれてわずかに生き残った元将兵と、戦死者の家族・親族、そしてボランティアの
学生が遺骨収集に制限付きで訪れる事ができる。
NHKの特別取材団も来る。
但し、訪れる場所は厳しく制限され、ごく限定されている。
理由は「島全体が海上自衛隊の基地なので、一般人は許可なく立ち入りができない。」
とされている。
しかし実際にはそれ意外の理由として「みられたくないもの」は存在している。

日本人は立ち入り禁止なのにクリント・イーストウッド他、撮影クルーも、渡辺謙さんも
一日だけ硫黄島の中を’自由’に撮影したと言う。


当時のライス国務長官が政府に依頼してきたとか。そうしてあの映画は作られた。
それを知って政府に青山繁晴さんは交渉の交渉の末、最後は政府の力は借りずに一般人としては
初めて硫黄島を訪れた。

(その経緯は本をご覧ください。)

しかし、なんという事か。アメリカのおえらいさんの依頼があれば’自由’に歩かせるか?

南の島の太陽が照り付ける浅い土中の遺骨は、歳月に、もやは耐えられない。
滑走路の下に、あるいは岩の下に閉じ込められたひと達はどうだろうか?
まだギリギリ耐えれているのかもしれない。

そうしてご自分の骨が、姿をほぼ失ってしまった英霊も、ご自分の頭蓋骨がしっかり残っている
英霊も、誰かれも変わりなく、故郷に帰りたい。

ただ一度きりの命を捧げて護ろうとして祖国がたった今、どんな国になっているかを見たい・・。

ただ、彼らにはそんな’自由’もないのです。なんという事でしょうか?

More その英霊たちはどうやって戦ったのだろうか?
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by rangefinder-love | 2013-08-15 12:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(6)
2013年 04月 18日

scene296:三宅島の春は何時来るのか?

<予約投稿です>
昨日私は大島にいた。日帰り出張で。
本当は明日は八丈島に日帰り出張するつもりだったがやめた。(というか止められた。)

会社から電話で昼頃「大丈夫かぁ〜」と電話があった。

三宅島で震度3の地震が5回連続起ったらしかった。島民は全然知らず。

普段は用もなければ何も連絡がない上司も「出来るだけ早く戻ってこいよ。」との事。

16:10発のプロペラ機で戻ってきた頃に今度は震度5があったらしい。

本当に三宅島の島民は可哀想だ。大丈夫だっただろうか?

私は3年前一度だけ三宅島に仕事で行った事がある。

夜10時に竹島桟橋をフェリーで出たは良いが、ベットは固くて全く寝れない。

一緒に同行してもらった業者さんと夜な夜な話していたら、丁度元嫁の浮気が分かった時でもあり

気持ちも正常ではなかった為、業者の人の前でワンワン泣いた事を覚えている。
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まだ明け方で何も見えなかった、木の状態が分からなかったがなにか異常な感じがした。

朝5時に着いた。何もする事がない。とりあえず近くの民宿で飯を食う。

朝8時に営業へ。すぐ仕事が終わり、業者の人と観光に。
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下が何があるか分かるだろうか?溶岩です。

More 昔はどうだったのか?
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by rangefinder-love | 2013-04-18 17:00 | 日記です。 | Trackback | Comments(8)
2013年 03月 16日

scene259:行って大島 その②

<予約投稿です。今日からヨメに会いに福山に行きます。
 昼は京都で4ヶ月ぶりに前妻の息子にも会う。夜福山入りして日曜日夜に帰ってきま〜す。>

*今度は今週木曜日の大島出張の続きです。
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この後もものすごく揺れに揺れて流石にちょっと酔いました。

20分後、大島に着陸。
今回ばかりは着陸できるのかなぁ?と思ったら、荒れ狂う風の中、なんと振動が全く無し!
これには驚いた、八丈行きのパイロットを超えたか?
実は調布空港の飛行機は未だ事故0である。素晴らしい。

その後バタバタと仕事をこなして、終了。
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大島を散歩する。

More 今どこにいるかと言うと・・・。
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by rangefinder-love | 2013-03-16 17:00 | 日記です。 | Trackback | Comments(6)
2013年 03月 14日

scene257:行って大島 その①

今日は八丈島ではなく、大島なのだ。
今日は日帰り大島出張。
お供はヨメカメラとしてもFUJI FILM FinePix X100に負けてしまったRICOH GRD Ⅱ なのだ。
画質はイマイチだけど、何しろ軽い、小さい。またCCDというのはなんか嬉しい。

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調布空港 
4月から新しくなる。まだ工事中。
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ここが今迄の調布空港。プレハブである。(前からね。工事関係ないから)
2006年には「調布空港」という映画もあったが、マイナーすぎて今はwebでもリンクがない。
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これで行く。ドルニエ号だ。客員が19名のれる。
往復間で乗客が9人以下になるとモット小さい飛行機になる。だからよい方なのだ。

More ところで今日の乗客は・・・。
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by rangefinder-love | 2013-03-14 22:09 | 日記です。 | Trackback | Comments(10)
2013年 02月 13日

scene228:微妙な気遣い

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(写真は本文に関係ありません・・・。)

今日は私の仕事のお話。

職業は明かせませんが、ま、営業マンです。

先日同業他社の人(れんとさん)とお客さんと飲んでいて、お客さんのお家を建てられた話になって凄い家と聞いたので、

「渡辺篤史の建もの探訪に出てくる様なお家ですか?」と聞いてみたら、

「そんなショボい家と一緒にしてくれたら困る!!なんなら今から見に来る?」との事。

時間は24時近くでしたが、みんな酔っ払いなのでいきなりお宅訪問。(近くだった。)

「俺だけど、あと3分ぐらいで家に着くから、ちょっと2人来ちゃうけど。」

文京区白山、隣のマンションには日銀の白川総裁が住んでいるらしい。そんな所にある一軒家(!)

外も凄いが中はもっとすごかった・・・。想像以上・・・。もう大興奮!!!

「あ〜れ〜。あ〜れ〜。ここは!!はぁ〜。なんてこったい・・・。」

奥様も風呂上がりのスッピンなのに超奇麗でなんだかこっちもブルジョワな気分に浸って帰宅。

家に着くなり「あ、帽子忘れた!!」

そんなこんなで、昨日のお礼も兼ねて手土産持参でお客さんのオフィスに訪問。

「今朝、カミサンにおこれらたよ。連れてくるのは全然かまわないけどイキナリは止めて!!ってさ。はい、帽子忘れたでしょ。」

そりゃそうでしょう〜。わたしもすいませんでした。これ奥さんにどうぞ〜・・・。手土産渡す・・・。

一週間後、れんとさんが「奥さんにわるいから、ケーキでも持っていかない?」と誘われて今日一緒にまたお客さんの所に一緒に行きました。

More そこでまさかの展開・・・。
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by rangefinder-love | 2013-02-13 22:05 | 日記です。 | Trackback | Comments(4)
2012年 02月 06日

scene47:GR DIGITALⅡ でブリーチバイパス

こんどはGR DIGITALⅡ でブリーチバイパス。
ようやく使える様になったLightroom3でブリーチバイパス設定できますが、ここはあえて
GRⅡの設定を変えてブリーチバイパス。
GXRみたいにうまくは行かないけどなかなか面白いです。
買ってからほとんど使わなかったGRⅡを今になって使う様になりました。
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嫁さんが免許を取ってくれて、初運転。肩に力が入ってます。
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by rangefinder-love | 2012-02-06 22:32 | 写真・カメラのコト | Trackback | Comments(2)
2011年 12月 06日

scene30:カメラ女子

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今年も過去2年間同様、最悪の年になりそうだ。
ただ、長い人生の一コマにすぎないと信じている。
そう強く信じている。

彼女と共に歩んで行こうと辛い事がある度にそう思う。
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by rangefinder-love | 2011-12-06 23:09 | ヨメのコト | Trackback | Comments(0)