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2014年 10月 04日

scene830:香港人の友達からの情報。【続報】

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Nikon D7000 + NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR
2010年 香港
*クリックすると大きくなります。

香港デモ続報です。
本日深夜2時に香港人の友人から連絡をもらいました。

scene827:スシロー 【9/30 22:20追記】で記載した下記内容ですが、現実のものとなりました。

【9/30 22:20追記】
香港のデモが心配だ。
香港は私が仕事で住んでいた所で、第二の故郷とは言わないまでも思い出の場所です。

Face Bookで香港人の友達は連絡してみると、
デモには参加していないと聞いてホッとした。

でも香港マフィアが旺角(モンコック)に中国政府に指示されて現れ、状況を混乱させる噂があらしい。
警察が暴力で抑える言い訳になるようにするために・・・。
今夜は大事件になるかもしれないとの事。(9/30 21:49時点での会話で)

そうなっていない事を望む。




More その内容とは・・・。
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by rangefinder-love | 2014-10-04 17:00 | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 27日

scene761:土用の丑の日の前に 〜あなたのウナギは大丈夫ですか?〜

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Nikon D7000 + NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR
2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

日本では古来、夏の土用の丑の日にはウナギを食べる習慣があります。

もともとの由来は、江戸の発明家、平賀源内で、商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れないウナギを何とか売るにはどうしたらよいかと源内に相談に行ったところ、源内が、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。
すると、その鰻屋は大変繁盛し、他の鰻屋も真似るようになったのだとか。

我が国でウナギを蒲焼きにして食べるようになったのがいつ頃からなのかは、よくわかりません。
ただ、万葉集で、大伴家持が歌に詠んでいるところから、食べる習慣は、かなり古くからあったものと思われます。

これが江戸城築城の頃、徳川家康が広大な湿地帯だった江戸を干拓したのですが、このために泥炭湿地がそらじゅうに出来ました。
で、どうやらそこにたくさんの鰻が住み着くようになったのだそうです。

こうして食べられていたウナギは、ずっと野生のウナギだったのですが、これが養殖されるようになったのが、明治24年、浜名湖が最初です。

国産の養殖ウナギは、県別の生産量は、鹿児島、愛知、宮崎、静岡、高知の順で、年間の国内生産高は約2万トンです。
ところが、国内で消費されるウナギは、年間15万トンです。
つまり、12万トン足りない。

その足りない分が、輸入で補われてるのですが、輸入先となっているのが、中国、台湾、ベトナム、タイ、マレーシアなどです。

問題は、その中の中国産のウナギ。

そう、今日の話題は何かとお騒がせの「中国産」。

その中でウナギについて書かしてもらいます。

なお、2014年の土用の丑は
冬 1月18日(土)、1月30日(木)
春 4月24日(木) ←ここまでは終わりましたね。

夏 7月29日(火) 【二の丑】はなし
秋 10月21日(火)、11月2日(日)

となっており、来週の火曜日が土用の丑の日となります。

もしウナギを食べたいと思った貴方、ちょっと待って下さい。

中国産(以下支那と呼びます。)のウナギを食べるならこの記事を読んでからちょっと考えて下さい。


More 支那産ウナギの恐怖
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by rangefinder-love | 2014-07-27 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(20)
2013年 08月 14日

scene410:日本は中国に戦時中悪い事をしたのか?【通州事件をご存知ですか?】

<予約投稿です>
本日は日本人が一番自虐史に苦しむ
「アジア諸国(特に中国・韓国)に悪い事をした。」
が逆である事をお伝えします。


*韓国については頼まれて併合して、国を発展させてあげたのに自国のプライドの為に
 「侵略」されたと言っているので割愛します。
 正直書く価値すらありません。(バッサリ)


実はこの「本当に言いたい事シリーズ」は8月15日に一番伝えたい事を書くつもりで
これまで続けて来ました。

15日に書く事はずっと前から決まっていたのですが、それまでに何を書くか!?
と言うのが正直悩みました。

書き始めてから色々な方の反応を見て、本日の内容が一番ネックになっているのでは?
と思って15日の前日に記載します。

実は本日の事を書く為に原爆の2日の事と、反日について書いて来たと言っても過言ではありません。

原爆投下の2日間で日本人が抱いている自虐史の矛盾。
反日について、なぜ反日なのかを書ました。

本日は
 これらの根幹となっているアジアでの戦争の発端を記載する事と
 私が自虐史にとらわれている
「戦時中、中国で自分の親が中国人を殺した事」を過去を持つ団塊の世代の方との会話から
 実際はどうだったのか?を記載したいと思います。


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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

本日の多くの事は以前紹介した「ねずさんの ひとりごと」からの抜粋です。

この人の記載する内容は毎回、心打たれるものがあります。
問いかけ方も優しく、安心して読む事ができます。
この問題に正直興味を持った方には一番お薦めのブログです。

さて、いまの多くの日本人は(もしかするとほぼ100%の日本人が)、
暴力はイケナイと思っています。
いかなる事情があれ、手を出した方が悪い。
なぜならそれは「暴力」だから、と普通に思い込んでいます


ところがこれ、日本の常識、世界の非常識です。

「暴力」は、「挑発」されていないのに、手を出す(アタックする)ことをいいます。
相手に「挑発」されて手を出すのは、正当な「自衛権、交戦権の行使」です。
あたりまえです。
「挑発」した方が悪いからです。


ですから、頭のおかしい人が絡んできて、さんざん因縁つけられて、仕方がないので
ポカリとやったら、いまの日本では、それは犯罪であり暴力なのでは?
などと思う人がたくさんいますが、実は、世界中どこでも、それは正当な「生存権、自衛権」
に基づき「交戦権」の行使したにすぎないと考えます。

他の例では、武器を手にした強盗が侵入してきたので射殺したとします。
これも「暴力」にはあたりません。
正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。


「挑発」を受けて、自存自衛のために「交戦権」を行使することは、
個人においても、国家においても、それは正当な「生存権、自衛権」に基づく行動であり、
実は、世界中どこでも、正当な行為とされているものです。
それが世界の常識です。


日本が過去、東亜の諸国を侵略したという人がいますが、それこそ「言いがかり」です。

なぜなら、「挑発」を受けてアタック(攻撃)するのは、正当な「生存権、自衛権」に基づく
「交戦権」の行使だからです。

支那事変(最近ではこれを日中戦争などと呼ぶ人もいるようですが、間違いです。当時の支那は、まだ国家として確立されていません)は、昭和12(1937)年に始まりますが、

7月 7日に盧溝橋で丸腰状態で演習しているろことを狙撃され、
7月25日には廊坊駅で通信施設修理作業中のところをいきなり機関銃やら迫撃砲で攻撃され、
7月26日には広安門で許可を得て通行中のところを襲撃され、

7月29日には、通州で人類史上他にありえないような残虐な方法で民間人223名を殺され、
        ↑この通州事件が後から出てくる内容になります。

その都度、戦乱を防ぐために調停や和議を繰り返したのに、その和議の調印の当日に、
車に乗って通行中の海軍陸戦隊の大山中尉が機関銃の乱射で殺され、
ご丁寧に車内で大怪我をして瀕死の中尉を車外まで引出して、頭蓋骨を割るという、
これまた極めて残酷な方法で殺害されました。


8月23日には、上海にいるわずか2千名の海軍陸戦隊を中心とする4千名を、
3万の大軍で包囲殲滅しようとまでされ、やむなく7万名の上海派遣軍を出兵させています。

ところがこの時点までに、挑発を繰り返していた支那は、なんと2万ものトーチカをつくり、
25万もの大軍で、日本を待ち構えていました。

最終的に、日本は支那兵を駆逐して上海を占領していますが、約3ヶ月のこの戦いで、
日本は戦死者1万0076名、戦傷者3万1,866名、
合わせて4万1,9424名の死傷者を出しています。

流れからすれば、誰がどうみても日本は「挑発」されて、やむなく兵を出しています。

「挑発」を受けてアタック(攻撃)し、正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。


こういう話をすると、日本が支那に兵を置いていたのが悪いんだ、などと言い出す人がいます。

これまた、いいがかりで、この当時、支那に兵をおいていたのは、日本ばかりではありません。
11カ国が自衛のために兵を出していたのです。

これは、ほとんど無政府状態にあった支那に、日本はいまでいうなら、国連PKO部隊のような形で
11カ国が、北京議定書に基づいて、支那に派兵していたものです。


北京議定書が交されたのは、明治33(1900)年6月にあった義和団事件をきっかとしたもので、
この事件では、その教義を学べば斬っても突いても銃で撃たれても死なない身体になるという、
いまでいうカルトのような義和団20万の大軍が、北京にあるたった11カ国の外国人公使館
925名を襲撃したという事件です。

925名のうち、戦える兵力は、義勇兵まで合わせてたった481名だったのですが、
日本人、柴五郎陸軍中佐らの活躍によって、55日の激戦を絶えぬき、ようやく援軍を得て、
公使他多くの命が助かったというものです。

これなども、外国公使館を、一方的に襲撃されたわけで、
事件後、各国がした事はこうです。

ドイツはじめとする各国
:数万の兵を支那に派兵。一方的かつ徹底した義和団の残党狩りと報復を支那全土実施。

ロシア
:満州に進駐して勝手に満州を事実上領有化。

これらは国際的には、まったく「侵略」とも「暴力」とも呼びません。

なぜならそれらは、「挑発」を受けて対応したものだからです。
この場合の対応も、正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。

つまり、「挑発」を受けて「攻撃」(アタック)するのは、侵略でもなければ、
もちろん暴力でもなく、それがたとえ外国の領土内のことであったとしても、
正当な自衛権の行使にあたるというのが、世界における普通の考え方だ、ということです。

繰り返しますが、さんざん「挑発」されて、やむなく反撃することは「侵略」とはいいません。
ですから「侵略」は、「Un Attacked」です。頭に「Un」が付いています。

日本は、支那事変において支那国民党や支那共産党からさんざん挑発行為を受けて、
やむなく立ち上がりました。
ですからこれは、挑発されてアタック(攻撃)したのですから、正当な行為であって
「侵略」ではありません。


同様に、日本は米国等からさんざん挑発を受けてやむなく、大東亜戦争を開始しました。

永野修身(ながのおさみ)海軍軍令部総長は、開戦前に次のように述べています。
=========
政府側陳述によれば、アメリカの主張に屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、
戦うもまた亡国であるかも知れない。
すなわち戦わざれば亡国必至、
戦うもまた亡国を免れぬとすれば、
戦わずして亡国にゆだねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、
戦って護国の精神に徹するならば、
たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神がのこり、
われらの子孫はかならず再起三起するであろう。
統帥部としてはもとより先刻申したとおり、あくまで外交交渉によって目的貫遂を望むものであるが、もし不幸にして開戦と決し大命が発せられるようなことになるならば、勇躍戦いに赴き最後の一兵まで戦う覚悟である。
=========

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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

日本は「挑発」をうけて、やむなくアタック(攻撃)したのですから、これは国家としての
自存自衛のための交戦権の正当な行為であって、「侵略」ではありません。

日清戦争:日本は清国から朝鮮半島をめぐって、さんざん挑発行為を受け、
     やむなく開戦に踏み切りました。これも国家として「交戦権の正当な行使」です。

日露戦争:日本はロシアからさんざん挑発されて、やむなく開戦に踏み切りました。
     これまた「交戦権の正当な行使」です。

日清、日露の戦争を、日本の清国やロシアに対する侵略行為だなどと主張する馬鹿者は、
世界中どこにもいません。

ならば支那事変、大東亜戦争も、まったく同じです。
日本は「交戦権を正当に行使」したのです。


ところが戦後の日本は、あらゆる機会をつかまえて、
「手を出すこと自体が暴力であり、いけないこと」と教え、
それを世界でまったく通用しないのに、日本の常識にしてしまいました。
大きな間違いです。

なぜそういう思想が蔓延したかといえば、「3R,5D,3S」です。
これはGHQが日本を統治する際にあらかじめ定めた日本への統治方針で、
「3R」
=復讐(Revenge)の念をもって日本を改造(Reform)し、米国の属国として復活(Revive)させ、

「5D」
=武装解除(Disarmament)させて以後武装させず(Demilitalization)、財閥を解体させ(Decentralization)、民主化を促進し(Democracy)、非工業化(Deindustrialization)を促進し、
「3S」
=民衆の抵抗を削ぐため、スポーツ(Sports)を奨励し、セックス(Sex)を解放してみだらな風潮を
促進し、映画(Screen)を振興するというものです

※「3R」=Revenge, Reform, Revive
 「5D」=Disarmament, Demilitalization,
      Decentralization, Democracy,
      Deindustrialization.
 「3S」=Sports, Sex, Screen

戦後、多くの日本人のに共通する思いは、先の大戦で身内を含めてたくさんの親しい人たちの命を
失い、もう二度と戦争なんてしたくない、というものでした。

ですから、こうした理不尽な政策に対しても、それはそれとして、お偉方に対応してもらい、
国民自身は、とにもかくにも、二度と戦乱の起きない国づくりと国土の復興を優先しようと、
誰もが思いました。

けれど、もともとが「3R,5D,3S」という、報復的意図によってはじまった体制です。
その進む先は、進めば進むほど、国家の中に歪みが生じます。

その最たるものが、冒頭の「いかなる事情があれ、手を出した方が悪い」という誤った思考です。
しつこいくらいに繰り返しますが、

「挑発を受けて手を出すのは、暴力にはあたらない」

この、あまりにも明確かつ単純な国際社会の標準的な思考を、私たちは、日本人としての誇りや魂とともに、しっかりと取り戻し、標準化、常識化すべきときにきています。

More 今までが前置きです。本番はここから。通州事件を知っても尚、侵略したと言えるでしょうか?
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by rangefinder-love | 2013-08-14 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(4)
2013年 08月 13日

scene409:中国と韓国の反日は種類が違う。【中国編】

<予約投稿です>
昨日に引き続き、今回は中国編です。

昨日は削っても削っても、ご存知ない方に説明しようとするとどうしても文面が長くなってしまい反省しています・・・。

今日は手短に・・・。と思ったら到底ムリな事に気付き、諦めてポイントだけ記載する事にしました。
詳細はこちらのサイトをご覧頂ければ詳細が書いております。

今回反日シリーズとして新たに『お薦め記事・映像English Here!』の欄に
国民が知らない反日の実態
韓国は“なぜ”反日か?
中国は“なぜ”反日か?
反日問題Q&A

載せましたのでこちらの『中国は“なぜ”反日か?』と『反日問題Q&A』で疑問点は解消できると思います。

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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

さて、なぜ中国は反日なのか?
めちゃくちゃ簡単に言うと。

中国は「一党独裁」と言う大きな『無理』を政治の根幹に抱え込んでいます。
それを維持する為です。


中国(中華民国)の実権を握っていた国民党の蒋介石から共産党が奪った事に起因します。

支那事変では共産党討伐を優先し満州国を半ば容認 していた 蒋介石の中華民国の国民政府 と、
事変不拡大方針のはずの日本 が、何者か(ソ連のコミンテルン)によって無理やり戦争に引きずり込まれていった日中戦争から遡ります。

*日本の軍隊がいたからこそアジアは、日本が敗れるまで共産化されなかった。
 日本が敗れたために中国も満州も朝鮮も共産化されてしまった(崔基鎬氏 談)

日中戦争中、蒋介石率いる国民党は精鋭部隊を温存しながら、大陸国家の常套手段である戦略的退却を繰り返し、日本軍を補給の届かない内陸部へ引きずり込んでいくという、絶対に負けない戦法を取りました。
それに対して共産党軍は、日本軍占領地域で少数で補給路を叩く小規模戦闘を繰り返しました。

そのために、日本軍占領地に取り残された人々は、
「日本軍と戦ってくれたのは共産党だけ」という印象を強く持ちました。


その結果、1949年に共産党政権が誕生することとなり、国民党は台湾に渡ってそこに根拠を置くことになりました。

つまり、『日本軍と戦ったのは、共産党だけ』というプロパガンダは、
「共産党一党独裁」政権を正当化するための、最も強力な必須の宣伝アイテムなのです。


そして、戦争が終わって65年も経った今も独裁をつづけている以上、日中戦争を現在と関係のない過去として、客観的に捉えた「歴史」を教えることは、独裁政権の正当性がなくなってしまう事につながります。

ですから、中国で教えている日中戦争の『歴史』は、物語のように、
「英雄的に国民のために戦ったのは共産党だけ。」ということを、つい最近のことと感じるように、生々しくアピールして、今現在の一党独裁が正しいと感じるような『歴史』教育なのです。


More そして中国の反日はどう変わっていったのか?
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by rangefinder-love | 2013-08-13 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(2)
2013年 07月 16日

scene382:香港について

<予約投稿です>
以前も記載したことがあるかと思いますが、
私は2005年1月~9月まである半導体メーカーの営業マンとして香港に駐在していました。

ちなみに英語は全く話せませんでした。
(すこーしだけ話せるようになりましたが、完全に忘れました。)

人生観を大きく変えられた所でもありますし、実際香港に転勤になることによって自分のその後の人生が、
「これでもかっ!!]
っていうぐらい変えられました。T_T

また行ったときがとってもタイミング悪く、会社的にも、社会情勢的にも最悪な時だったので仕事しかしてません・・・。(なんと勿体ない。)

ただ、良い事の一つとして香港の友達ができました。
それも私が辞める事になってからどんどん仲良くなって、辞めた後も会ったり、今も連絡を取り合ったりしています。

私にとっては本当に大切な人たちです。何度香港にいたときは助けてもらった事か・・・。

ただ、私が歴史認識などでこういって書くことによって、彼らがどう思っているのかととても心配になることも正直あります。

元々、香港の人たちは中国のやり方に批判的な人達の方が多いです。
でも一方で反日教育も受けていると思います。(実際は聞いたことなかったけど。)

依然私がFaceBookで歴史的な事を書いたら、香港の親友つながりで友達になった私がよくわからない香港の人は

「ちゃんと歴史を勉強してからモノいいましょう!!」とご丁寧に日本語でコメントもらった時はビックリしました。

と同時にとってもさびしくなりました。(よく知らない人だったからいいんですが・・・。)

こういった事はなかなかうまく行かないものですね。

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香港にて

でも前向きな事を語る為にはお互いの理解と日本の事をしらないと話なんて元々できないんです。これは海外に住んだらいやと言うほど知ることになります。
最後に皆様からの暖かいカエルさんクリックお待ちしております(๑¯◡¯๑)

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by rangefinder-love | 2013-07-16 17:00 | ワタシのコト | Trackback | Comments(4)
2013年 02月 28日

scene243:頼りがいがある夫。それは私の事・・・。

今日、朝ヨメからメールがあり、ちょっとした相談を受けた。

今は東京ー広島で離れているからこそ、余計にこう思った。

俺って、いっつもヨメに甘えてばかりで、「バァ〜カチン」って言われているけど
(そこまでそんなには言われてないけど)・・・。

もしかして・・・。結構頼りにされてないかい!! d=(´▽`)=b

となんだか子供みたいに嬉しくなってしまった。
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2011年2月23日、私の誕生日を初めて祝ってくれた時でのヨメの甘えブリと私のノロケぶり。

More で、ついついこんなメールを送ってしまった・・・。
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by rangefinder-love | 2013-02-28 22:09 | 日記です。 | Trackback | Comments(8)