タグ:Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZF ( 9 ) タグの人気記事


2013年 08月 24日

scene417:撮りあいっこ

<予約投稿です>
今や赤ちゃんがいるのでヨメはカメラを外出時に持たなくなったが、以前は持っていた。
(というか私から渡されていた。)

普段カメラが趣味な人は結局撮ってばかりで自分の写真と言うものがない。
私もその一人でした。
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Nikon D700 + Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZF
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Nikon D700 + Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZF
この通りX100がヨメのメインカメラ。
このカメラは私のカメラ収集の中で数少ない残り続けたデジカメです。
ヨメにとっても撮りやすいし、ハイブリッドビューファインダーが面白い。
光学で撮っても、撮った後すぐ光学からEVFに変わって撮った写真が液晶画面を
見なくてもそのままファインダーを覗いたまま見れるという利点があり、
それが写真をとる事が趣味ではない人でも撮っていて楽しくなる。

More ヨメが撮った写真
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by rangefinder-love | 2013-08-24 17:00 | 日記です。 | Comments(6)
2013年 08月 15日

scene411:硫黄島(いおうとう)の英霊に私達は今の日本を語れますか?

<予約投稿です。>
68年前の今日、日本は2,605年にわたる日本国の有史以来初めて戦争に負けました。
そしてそれから68年間、それまでと全く違う国家に成り果ててしまいました。

先に申し上げますが、本日は終戦記念日なので先の大戦について現時点で
私が最も伝えたい事を記載します。

明日は、では今日私達がどうあるべきか(多分皆さんが想像されているような事は書きません)
を記載してこの「本当に伝えたい事」シリーズは一旦終了します。

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RICOH GR DIGITAL Ⅱ
2009年4月30日 八丈小島

あの巨大な戦争であった中でも硫黄島の戦いは最も知られた戦いの一つでした。
六千万(60,000,000)人が殺された大戦で、一番悲惨な肉弾戦だった事もあります。

しかし、それだけではなく日本、アメリカ双方の将兵がおのれを顧みずに戦った事と、
勝利国アメリカの将兵の死傷者が、敗戦国日本の将兵のそれを唯一、上回った、
アメリカの払った犠牲の方が大きい戦いだった事で、アメリカをはじめ世界に記憶されました。

だからこそ、クリント・イーストウッド監督は二本の映画を創り、うち一本を日本への敬意を
込めて、日本の視点で制作するという映画史上初めての事を成し得たのでした。
*日本の視点が正確であったかと言うとそうではありません。隠された事が当然あります。

まずは、なぜ硫黄島をアメリカ軍が欲しかったのか?
日本を効率よく爆撃する為でありました。
アメリカのマリアナ諸島の基地と日本の丁度ど真ん中の場所だったのです。


長距離爆撃機が日本の本土を襲う際に、戦闘機の護衛も受けたい。
帰りに損傷を受けていたり、故障を起こしていたら、安全に不時着して修理出来る場所も欲しい。
ただマリアナ諸島から東京までの往復距離は5,000キロを超える。
戦闘機は航続距離が足りず、護衛できない。戦闘機はガス欠で帰りに海に墜落するしかない。
給油できる場所も欲しい。

神様のいたらずらか、まるで測ったようにちょうど真ん中にある。
羽田から硫黄島まで            1,210キロ
硫黄島からマリアナ諸島のサイパン島まで  1,160キロ

さらには、硫黄島の形すら運命的でした。
北の端から、島の中央部へずっと真っ平らでまるで自然の滑走路にも見える。

ここを絶好の中継拠点として、殺せる日本国民は何倍にもなる・・・。


侵略が始まる時、海上のアメリカ軍海兵隊の指揮官は、
「我々は史上初めて、日本の聖なる領土を侵すのだ。凄まじい抵抗があるだろう。心してかかれ」
と訓示しました。

アメリカは実は日本をよく理解していた。

私達の祖国は、世界の例外でした。
二千年以上もひとつの国家、ひとつの文化、ひとつの皇統を維持し、
ただの一度も、領土を外国に侵された事がなかった。

東京の南、硫黄島が奪われれば、初めての被占領をゆるす事になるのでした。

この場所に、たった68年前に、およそ21,000人の祖国の先輩たちが戦ったのです。

「俺は連れていかれたんだ」と語りたい人もたくさんいるでしょう。
戦争末期なので、職業軍人はおよそ1,000人ほどしかいなかった。
多くは、私のように三十代を中心に働き盛りの、家庭を持つふつうの男性でした。


この島で20,000人が亡くなりました。まさしく玉砕です。

玉砕は、例えばサイパンでもアッツ島でもガダルカナル島でもたくさん起きた。
それらの玉砕の島々からも、未だに遺骨は一部しか帰ってきていない。
ただ、すべて外国の話です。

遺骨が帰郷できないのは、無念でおかしいけど、外国だから日本の自由にはできない。

ところが、硫黄島は日本に一部で、本来は遺骨を取り返すのに何の障害もない。
しかし硫黄島で殺された方々の遺骨は、いまだ13,000人の方々が故郷に帰れていない。


どこにいらっしゃるのか?
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RICOH GR DIGITAL Ⅱ
2009年4月9日 大島 三原山

硫黄島の滑走路の下なんです。

今日も自衛隊、海上保安庁、そして在日米軍が使っている滑走路の下にいらっしゃるのです。

1945年3月 戦いの真っ最中に、地下壕からも地上からも日本兵の亡骸を収容する事なく、
弔う事もなく、その顔に上に、胸に、腹、足の上に直接、アメリカ軍がコンクリートを
流して滑走路を造ったのです。


この行為は無残な行為であったと思いますが、これはアメリカの事であって、
問題にしたいのは日本側です。


沖縄返還の4年前の1968年に日本に返還されました。
本来なら当時の自民党政権の政府は直ちに滑走路を引き剥がして遺骨を収集し故郷に帰って頂く、
それが世界の常識です。どんな国でも、勝とうが負けようが関係ありません。

そこで何をしたか?
一部だけ剥がした。
滑走路の西端の一部だけ剥がした。
後で文句を言われるかもしれないから一部だけ剥がして、その遺骨は取り戻したから、
それもあって一部の遺骨は日本に帰ってきている。


そして大部分は、海上自衛隊や海上保安庁がそのまま使い続けた。

その頃の当事者に直接聞いた方がいる。
私がお勧めしている僕らの祖国 -青山 繁晴-の著者青山繁晴さんです。
青山さんは当事者から

「そのまま使い続ける方が便利だったから」

と聞いたそうです。

*尚、余談ですが、先日安倍首相が硫黄島に訪問した際に飛行機のタラップに降りた後に
地面に這いつくばるようなされた行為は、実は土下座です。
下に眠っている英霊たちに「放っておいて申し訳ございませんでした。」と
土下座されていたのです。
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ところで、硫黄島は一般人は入れません。
玉砕をまぬがれてわずかに生き残った元将兵と、戦死者の家族・親族、そしてボランティアの
学生が遺骨収集に制限付きで訪れる事ができる。
NHKの特別取材団も来る。
但し、訪れる場所は厳しく制限され、ごく限定されている。
理由は「島全体が海上自衛隊の基地なので、一般人は許可なく立ち入りができない。」
とされている。
しかし実際にはそれ意外の理由として「みられたくないもの」は存在している。

日本人は立ち入り禁止なのにクリント・イーストウッド他、撮影クルーも、渡辺謙さんも
一日だけ硫黄島の中を’自由’に撮影したと言う。


当時のライス国務長官が政府に依頼してきたとか。そうしてあの映画は作られた。
それを知って政府に青山繁晴さんは交渉の交渉の末、最後は政府の力は借りずに一般人としては
初めて硫黄島を訪れた。

(その経緯は本をご覧ください。)

しかし、なんという事か。アメリカのおえらいさんの依頼があれば’自由’に歩かせるか?

南の島の太陽が照り付ける浅い土中の遺骨は、歳月に、もやは耐えられない。
滑走路の下に、あるいは岩の下に閉じ込められたひと達はどうだろうか?
まだギリギリ耐えれているのかもしれない。

そうしてご自分の骨が、姿をほぼ失ってしまった英霊も、ご自分の頭蓋骨がしっかり残っている
英霊も、誰かれも変わりなく、故郷に帰りたい。

ただ一度きりの命を捧げて護ろうとして祖国がたった今、どんな国になっているかを見たい・・。

ただ、彼らにはそんな’自由’もないのです。なんという事でしょうか?

More その英霊たちはどうやって戦ったのだろうか?
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by rangefinder-love | 2013-08-15 12:00 | 本当に伝えたい事 | Comments(6)
2013年 07月 06日

scene371:わずか二年前

<予約投稿です>
今日は朝から我が子をNikonF2でモノクロフィルムとカラーフィルムで撮影。
昼からはカットに行って、その後終電まで仕事です。
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SIGMA DP2x
2011年8月30日 青森県 奥入瀬渓流

久々のSIGMA DP2xの画像を見る。Jpegなので白とび激しいけど、いいですね。

このカメラにはこのカメラでしか撮れないモノがあります。

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by rangefinder-love | 2013-07-06 17:00 | 写真・カメラのコト | Comments(12)
2013年 04月 16日

scene294:湯豆腐ダイエット

<予約投稿です>
ヨメと結婚して1年体重が5〜7キロぐらい太った。
飯は上手いし、毎日レシピを探しては作ってくれるので少し量も多くなる。
バクバク食べてブクブク太った。

ヨメが帰って、95%は夜自炊している。しかも50%以上の確率で湯豆腐。

豆腐と野菜ばっかり食べている、ご飯の量も減らした。

するとどうだ1ヶ月半で3キロ痩せた。

1年前に買ったスーツが今シーズンから着れなくなってスーツを新調していたが、
昨日試しにはいたら履けた!!
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Nikon D700 + Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZF
ヨメ撮影 青森県 奥入瀬渓流

気分も心も身体もこんな感じです。

そして昨日も土曜日から一日あけて湯豆腐でした。

ご覧頂き有難うございます。
ダイエットの更新の励みに’ワンポッチ’頂ければ嬉しいです(∘¯̆ᘢ¯̆)و
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by rangefinder-love | 2013-04-16 17:00 | 日記です。 | Comments(14)
2013年 02月 27日

scene242:15分の感覚

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Nikon D700 + Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZF
ヨメの絶対安静の日々は続いている。

今、お腹のハリを緩和する薬を一日三回飲んでいる。

お腹のハリが張ったり張らなかったりを交互にする様で、張らない感覚が15分を
切って10分ぐらいになると陣痛状態になるらしい。

一日三回だが、感覚が短くなるとその時点で陣痛になってしまうのを避ける為、
薬を飲む必要がある様で、実は昨日は昼になる前にちょっと早いタイミングで飲んだらしい。

ヨメ曰く

『座っていると張っているか張ってないのかわかんないから、横になってないといけないの。』

おお、そうかい、それは辛いだろう・・・。

More ただ、次の一言でちょっと安心した。
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by rangefinder-love | 2013-02-27 22:39 | ヨメのコト | Comments(8)
2011年 11月 14日

scene14:結局残すかD700

ライカM9ーPの支払い費用の為にオークションの出したD700破格のオプション付きで
持ってけどロボー的に出しましたが、まさかの落札者なし。
その1週間後正式に生産終了のアナウンスがあり、価格は急上昇。
今ならさらに1〜2万あげても即落札だろうな〜。と思いましたが売るのを辞めました。

理由は3つ。まだ1900枚しか撮ってない。よくわかってないうちに売る事と
今後このようなカメラが出てこない事。
そしてなんといってもカード支払いになんとかそれ以外のレンズとライカM8売却により
資金繰りがなんとか着いた事かな。

D7000もあり「いるの?」と突っ込まれそうですが、もう少しニコンとも付き合う事にしました。
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奥入瀬渓流 

来年夏の北欧旅行には持っていかくはこれから考えます。
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by rangefinder-love | 2011-11-14 23:05 | 日記です。 | Comments(0)
2011年 10月 23日

scene12:命

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十和田湖

石にも命が宿る様に感じた。
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by rangefinder-love | 2011-10-23 21:30 | 写真・カメラのコト | Comments(2)
2011年 10月 22日

scene11:Hasselblad が教えてくれた事。

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うまく撮れないハッセルブラッド。
私のはHASSELBLAD 500C/M +Carl Zeiss Planar T*2.8/80 です。
でも楽しい。
今年色々なカメラを買って、感動したのはハッセルのファインダーをのぞいた瞬間でした。
ここから私がおかしくなりました。三脚買ったり、雲台買ったり、マガジン買い足したり
ポラロイド用マガジンかったり・・・。

でも最終的にはライカとシグマに落ち着いた。
色々試して良かった。自分にはRANGEFINDER CAMERAが一番重さとか、楽しさとかが
合っていると言う事が分かりました。
そのきっかけを作ったのがハッセル購入でした。
もちろんハッセルを売るつもりはありません。でも買い足すつもりもありません。
ハッセルは私にとってはこれで充分です。また知らない方が良いと思いました・・・。
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by rangefinder-love | 2011-10-22 00:59 | 写真・カメラのコト | Comments(0)
2011年 10月 22日

scene10:Nikon D700どうする?

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彼女撮影。被写体私。

今年ニコンは苦難の年ですね。ずっとニコン党だったのにこんな年にライカ党、シグマ党に
なるなんて思っても見ませんでした。
正直Nikon D700売ろうかなとも思っています。
青森旅行で
Carl Zeiss Distagon T* 2/28 ZFつけたD700もシグマDP2xのFoveonが吐き出す写りに関しては
完敗でした。
操作は簡単ですよ。でもね。折角持っていても、撮っても感動する写りじゃなければ持っている
意味がないし、もったいない。

高感度カメラ、夜に撮影したくてD700を買いましたが、3脚とストロボあれば撮れます。
う〜ん。悩む。F100も売ろうかなと思ってもいます。
一番の問題は防湿庫が一杯になったからですが。
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by rangefinder-love | 2011-10-22 00:35 | 写真・カメラのコト | Comments(0)