2015年 04月 07日

scene1016:天皇陛下パラオ訪問に際して② 「人種の平等」を訴えた日本の統治

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Nikon D7000 + AMRON SP ASPH DiⅡ11-18mm F4.5-5.6
2011-02-28 ハテノ浜
*写真を1クリックすると大きくなります。 

天皇陛下が8〜9日の日程でパラオに行かれるのでそれに沿った内容を
数日かけておたえしようかと思っています。(今日はその二回目です。)


さて、昨日に引き続き、もう少しパラオの事を書きたいと思います。

パラオが、白人の植民地となったのは、明治18(1885)年のことでした。
スペインが植民地として支配したのです。

スペインの統治は、たいへん過酷なものでした。
スペインによる統治は、明治32(1899)年に、ドイツの植民地になるまでのわずか14年ほどの間のことです。
けれどたった14年で、パラオの人口は、約90%も減少してしまったのです。

もともと、人口2万人くらいの島国です。
そのうちの90%が命を奪われた。
それがどういうことか、想像してみてください。

忘れてならないのは、植民地支配を受けた国々では、大なり小なり、同様のことが起きた、という事実です。
南米では、文明そのものが滅び、いまでは昔の言語、習慣さえもわからなくなっている。
ほんの200年に満たない昔が、まるで超古代文明のように、その痕跡しかなくなっているのです。

米国においても、先住民族であるインデアンが、もともとは北米大陸に800万人の人口があったのに、いまでは、わずか35万人。しかもその全員が、白人との混血です。

「植民地になる」ということは、そういうことなのです。
そのことを、私達はちゃんとわきまえる必要があります。

私達の先人が、日本が植民地とならないために、(なったら10人中9人が殺されるのです)、どれほどの犠牲と努力をはらい、日本を護り抜いてきてくれたか。
そのおかげで、いまの私達が生きています。日本という国があります。
平和を満喫し、世界中のおいしい料理を食べることができ、エアコンの効いた部屋で過ごせるという豊かな生活を送ることができています。
それは他の誰でもない。私達の先人たちが、私達を守ってくれたおかげです。
そういうことを、私達は、ちゃんと知らなきゃいけないし、子供達に教えなきゃいけないと思います。


さて、スペイン統治によって、パラオは、人口の9割が失われたパラオは、もともと、産業のある国ではありません。
スペインは、もうこれ以上パラオから収奪するものがなにもないとなったとき、わずか450万ドル(日本円で4億円くらい)で、パラオを含むミクロネシアの島々をドイツに売却してしまいました。

買ったドイツは、パラオの原住民を使役して、ココナッツの栽培などにチャレンジするのだけれど、あまり効率はあがらない。
同時に、ドイツもスペイン同様、現地の人々への教育や道路、流通の整備、産業の育成や法や行政諸制度の整備などは、まったく行っていません。


そのドイツが、第一次世界大戦で負けた後、パリ講和会議において国際連盟が結成され、戦勝国である日本が、ドイツ領であったパラオを含むミクロネシアの島々一帯の統治を委ねられることになったのが、大正8(1919)年のことです。
パラオが、日本の「委任統治領」となったのです。

日清、日露を戦い、西欧諸国に匹敵する強国となった日本は、第一次世界大戦のあとに行われたパリ講和会議で、新たに設置される国際連盟の憲章に、「人種の平等」を入れるように提案しました。
けれど、これは英米の頑強な抵抗にあって、頓挫してしまいます。

代わりに日本に与えられたのが、ドイツが所有していたパラオを含むミクロネシア一帯の統治です。
これは、ひとつには、日本に資源のないミクロネシアを与えれば、さしもの日本も西欧諸国と一緒になり、植民地支配者としての収奪をはじめるであろう、よしんばそこまでなかったとしても、日本の支配地域を太平洋に大きく張り出させることによって、日本の海軍力を削ぐ効果を生むことができるであろうという見通しのもとに行われたものであったと言われています。

ところが、こうした西欧諸国の企図とは裏腹に、なんと日本はパラオ統治の委任を受けるとすぐに、パラオに南洋庁を設置し、パラオに、学校や病院、道路などを建設をはじめ、地元民の教育と、行政制度の確立、街のインフラの整備と産業振興をはじめたのです。

それまでの世界の委任統治というものは、収奪するだけのものです。
ところが日本は「奪う統治」ではなく「与える統治」をはじめました。





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Nikon D7000 + AMRON SP ASPH DiⅡ11-18mm F4.5-5.6
2011-02-28 ハテノ浜
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日本の統治の結果がどうなったかというと、日本が委任統治を開始した頃の、パラオの先住民の人口は、わずか6,474人です。
それが、いまやパラオは、人口20,303人(2005年)、なんと人口が3倍にも増えたのです。

当時、パラオに新しくできた学校には、若き日の中島敦も赴任しました。
中島敦といえば、「山月記」や、「李陵、弟子、名人伝」の著作で有名です。
彼の文章は、漢語体のいわゆる名文調で、この世でもっとも美しい文章を書く人とまでいわれ、絶賛を浴びた人です。
そういう優秀な人材が、パラオの人々のための教科書編纂掛として現地に赴任したりしていたのです。

日本はパラオで、日本語の教科書を使い、日本語の教育を行いました。
これには理由があります。
パラオには、パラオ語を書くための文字がなかったのです。
そして近代教育を施すため、たとえば数学や地理、歴史等の教育を行うにあたって必要な単語も、パラオにはありませんでした。
ですから、すくなくともいったんは、そうした単語を豊富に持つ日本語で教育を行うしかなかったのです。


パラオの子供たちは、実によく勉強してくれました。
なんとパラオの子供達は、日本本土を含む、日本の支配地域の全域が参加する全日本共通テストで、総合第二位、算数では一位の成績を勝ち取っています。
これは、パラオで日本が、優秀な教育を施していたということの証拠であるとともに、パラオの子供達が、いかに教育を受けることを歓迎していたかがわかる逸話でもあります。


ところで、教育を受けるための学校、あるいは医療を受けるための総合病院、あるいは車も走れる道路などは、いったいどのようにして造るのでしょうか。

まったくそういう都市インフラの整備事業にずっと接してこなかった現地の人たちに、いきなり「街を作れ、道路を作れ、橋を架けろ」と言われても、できる相談ではありません。
このことは、いまこれをお読みの、あなたが、(建設業関係のお仕事ではない人であるという前提で)、いきなり東京タワーを作れ、といわれるのと同じで、そうそう易々とできることではありません。

では、日本はどうやってパラオのインフラを整備したかというと、日本は、日本の歳費を用いて、パラオに土木建築業者や教師、行政官吏を派遣したのです。
「やってみて、やらせてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」です。

まずは日本人が、やってみせてお手本を示す。
そして、現地の人にも、すこしずつやってみてもらう。
そのうえで、成果があがったら、ともに喜びをわかちあう。

日本パラオに派遣した職員の数は、軍隊を除いても、なんと2万5千人です。
そして日本は、パラオにあらゆるインフラを整備したけれど、それはことごとく、日本の国費で賄いました。
そして戦後は、前々からの宣言の通り、すべてのインフラをパラオの先住民たちに無償で譲り渡しています。
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日本統治時代のコロールの街並み



ちなみにこの写真、大正から昭和初期頃に撮影されたとみられるパラオの町並みなのですが、写真の右側にハングル文字が映っているのがおわかりになりますでしょうか。

昨今の在日朝鮮人などは、日本が彼らの言語を奪ったなどとわけのわからないことを言いますが、日本人とともにパラオに来て働く彼ら朝鮮人のために、日本人はちゃんと彼らの文化を尊重したお店を作り、彼らのためのハングル文字の看板まで出しています。
(ちなみに、朝鮮を統治した時も日本語と一緒にハングル文字の普及にも努めました。
 当時、ほとんどの朝鮮人はハングル語が読み書きできなかったのです。
 なぜなら統治前に朝鮮を支配していた支配層の朝鮮人は、国民にハングル文字を読み書きできないように自分たちだけが知識を独占すべく教えなかったのです。だから今韓国の人たちがハングル文字を読み書きできるのは日本人のおかげであることという事と韓国人のみならず今の日本人は知りません。)

短い期間でしたが、日本は委任統治を受けたパラオで、たくさんのことをしました。
学校をつくり、教育を与え、司法、行政、立法を教え、街のインフラを整備しました。

いま、パラオは、もちろん独立国です。
けれどパラオの人たちは、日本が与えた教育その他よりも、実は、もっともっとはるかに大切で大きなものを、いまも大切にしてくださっています。

それが、明日からお話しする、勇気と愛の物語です。

これまでの話はある記事を元に自由時間が再編集と私の意見を交えながら数日間記事します。
最後の日にその元記事をご紹介いたします。
(最初にご紹介するとごちゃ混ぜにになってしまうので・・・。)


<追記>
今日の毎日新聞の記事でこういう記事がある。
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パラオ:大国に翻弄されて 各地に残る統治の歴史

天皇、皇后両陛下が8日から訪問されるパラオ共和国は1994年10月、米国統治からの独立を果たした。
戦前の約30年間、日本の統治下にあったことから「親日的」との見方もあるが、太平洋戦争の舞台となったことで複雑な思いを抱えていることも事実だ。パラオの歴史や建築物をたどると、大国に翻弄(ほんろう)されてきた「顔」が浮かぶ。
【真鍋光之、古関俊樹】
パラオ最大の都市のコロールにあるカトリック教会。
19世紀後半のスペイン植民地時代に建てられ、日本による統治時代は「スペイン教会」と呼ばれていた。
太平洋戦争中に米軍の空爆で焼けたが再建され、今は国民の心のよりどころという。
パラオの島々にヨーロッパ人が初めて上陸したのは16世紀とされる。
まずスペインが植民地とした後、1899年にドイツに売却され、第一次世界大戦後は戦勝国の日本が委任統治した。
当時建立された南洋神社は、南洋群島全体の守り神とされた。
米軍の空襲で焼かれたが1997年に一部再建され、石造りのほこらが当時の面影を残す。
学校は日本人向けに小学校、パラオ人には公学校が設けられ、日本語で日の丸掲揚や君が代斉唱などが毎朝行われていたという。

主婦のニナ・アントニオさん(84)は
「毎日、午前8時に鐘が鳴ると教室にあった天皇陛下(昭和天皇)の写真に向かって黙とうし、
『立派な日本人になります』
『私たちは天皇陛下の赤子(せきし)です』などと言っていた」

と流ちょうな日本語で語った。

共同通信によると、当時の日本語教育などは「未開な現地住民を文明化し、支配を受け入れるようにすること」が目的。

「国民」にも日本人を「一等」とし、沖縄と朝鮮半島出身者を「二等」、現地住民を「三等」とする暗黙の了解があったという。

前駐日パラオ大使のミノル・ウエキさん(84)は
「一生懸命日本語を勉強し、日本人になろうと努力した。
親日的な人は大勢いるが、この島が太平洋戦争に巻き込まれたのも事実」
と話した。

<長年にわたりパラオの高齢者から日本統治時代の聞き取りを続けている神戸学院大の三田牧准教授(文化人類学)の話>
パラオの高齢者から日本統治時代の話を聞くと、「親日」と単純にくくれない複雑な思いが見えてくる。
近代的な町ができて繁栄した一方で、差別を受けたり、空襲や飢えに苦しみ、家族を失ったりした人も多いためだ。
日本がパラオを含むミクロネシアの島々を植民地支配したことはあまり知られていない。
パラオの人の経験に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢が必要ではないか。
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私の記事と天下の毎日新聞の記事どちらが正しい事を言っているのでしょうか?
毎日新聞の記事ですが、途中赤文字のように共同通信の内容もつっくけられてますね。
自分達の都合の良いようにしている意図が感じられます・・・。

現地のひとの言葉もよく読むと別に普通のことが淡々と書いてあります。

ただ、神戸学院大の三田牧准教授のコメントが入ることで、日本が悪いと
記事が印象づけられる。

新聞の狡猾な印象操作ですね。
新聞がこういう左翼的な発言をする人間をさも正しいように印象づけるために
コメントを入れることをあまり知られてはいない。
と私は逆にいいたい…。

私のような人間が毎日や朝日や東京新聞を見たらその意図はすぐに気づきます。
でもしらない人がみたらその内容を鵜呑みにするでしょう。

このように知らないうちにマインドコントロールされるわけです。
ほんと怖いですね。

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by rangefinder-love | 2015-04-07 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(2)
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Commented by zunsan at 2015-04-07 19:24 x
こんにちは。
いつも拝見していますが、初めてコメントします。
パラオのみならず、アジア解放に尽力した日本が、戦略的とは言え中韓から批判され、また日本国内の一部もこれに迎合するような風潮があることを以前から憂慮していました。
私が今住んでいる酒田市が輩出した大川周明博士も欧米列強からのアジア解放を謳いながら、戦犯という汚名を着せられて、偉人であるにも拘わらず酒田では一切習わないと聞きます。
このような歴史の真実を、もっと多くに知って貰いたいものです。
長文失礼しました。
Commented by rangefinder-love at 2015-04-09 22:28
★ zunsanさん コメントとっても嬉しいです!ありがとうございます^^
>戦略的とは言え中韓から批判され・・・
の文面からかなりお詳しい方と感じました。

私も zunsanさんとおなじおもいです・・・。

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