2015年 01月 26日

scene942: ウズベキスタンの桜

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FUJI FILM X-E2 + FUJINON XF56mm F1.2R
2014-04-05  表参道
*写真を1クリックすると大きくなります。

2日前からイスラーム国での日本人拉致問題を取り上げていますが、人質事件は、戦後の歴史の中で度々起こっていますが、
大事になってから金を出したり、あるいはカンボジアの中田厚青年のように殺害されてしまったりというのでは遅いのは周知の事実です。

本当は今日の話はずっとずっと前にお伝えしたかったのですが、時期を逃してしまい今年の春先に掲載しようと思っていました。

このような悲しい出来事の時に取り上げる事は考えてなかったのですが、こういう時だからこそあえて掲載いたします。


かつて日本人が拉致され人質にされた事件で、今回のような身代金云々の大事に至る前に見事に解決した事件があります。
平成11(1999)年8月の日本人鉱山技師4人の拉致事件です。
この事件は、あまりにも無事に人質が救出されたため、日本国内ではほとんど報道さえされませんでした。

けれど、今回の事件のような出来事のとき、考えなければならない大切なことが、この事件のなかにはたくさん詰まっています。


平成11年1999年8月に中山恭子先生はウズベキスタンの特命全権大使兼タジキスタン特命全権大使として就任されました。

その直後の8月23日、隣国キルギスの南西部オルシェ州で日本人の鉱山技師4人を含む7人がタジキスタンの反政府武装ゲリラに拉致されたのです。

彼らはイスラム原理主義グループの一派でした。

反政府ゲリラは、拉致した技師たちを隣国のタジキスタンの山中に連れ込みました。
つまり中山恭子先生の管轄する国の中に被害者を拉致したのです。

中山恭子先生は至急日本の外務省に連絡を取り指示を仰ぎました。

外務省から返答は「キルギス政府に交渉を一任せよ。」でした。

キルギス国内で作業中に拉致されたのだから一見もっともらしい感じる理屈ですが、犯人グループは武装し、タジキスタンに逃げ込んでいるのです。
つまり外国にいる為、容易に動けるものではありません。

しかし、このままでは鉱山技師らは全員命を失う危険があります。

中山恭子先生は夫であり衆議院議員の中山成彬先生に電話で相談しました。

成彬先生は言いました。

「1パーセントでも救出できる可能性があれば外務省がなんと言おうと救出にあたるべきだ。それが大師の役目だろう。」

これは凄い言葉です。

相手は武装したテロリスト集団なのです。
そこに行って人質を取り返してきなさいと言うのです。
それをするのが大使の仕事であり、被害者のためであり、ひいては国の為だと言うのです。

ただ、そのために愛する妻を、危険なところに赴かせることになるのです。

ありとあらゆる情報を集め中山恭子先生は通訳を連れて日本人技師を拉致した武装集団を配下に置いていた反政府イスラム復興党の本拠地に向かいました。

相手は重火器で武装しています。

そこに丸腰の日本人女性が乗り込んで行ったのです。

そして筋道を立てて説得し何とか拉致された被害者全員を無償でタジキスタンの峡谷から救出しました。

おそらくこんなことやってのけた女性というのは人類史上初めてのことじゃないでしょうか。




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FUJI FILM X-E2 + FUJINON XF56mm F1.2R
2014-04-29  鞆の浦
*写真を1クリックすると大きくなります。

タジキスタンの反政府勢力を指導していた党首に、拉致された日本人たちの救出を依頼して別れるとき、その党首ができる限りのことをするからと、静かに語り中山恭子先生との別れを惜しんで笑顔で別れたそうです。

これまた凄い事です。

さらにもっと面白いというか不思議な因縁を感じさせる話があります。

実はこの反政府勢力の党首が「おしん」の大ファンだったのです。

この党首はテレビドラマの「おしん」のビデオテープを見て感激し、日本という国を大好きなっていました。
その日本の女性が拉致被害者を救出のため何の武器を持たずに会ってきたことに感激したのでしょう。

このビデオテープは中山恭子先生が国際交流基金の常務理事を務めていた時に作成して世界中に配ったものでした。

どこで何がつながるかわかりませんね。

こうして丸腰で護衛もつけずに反政府勢力の本拠地に行くこと自体大変勇気がいることです。

しかもそこで敵対する相手を逆に虜にしてしまうなど普通できることではありません。

これこそが日本人的な人間力の凄味では無いかと思います。

ちなみに上に伸びたような事は中山恭子先生のご著書には何も書かれていません。
4人の鉱山技師救出のことは書かれてありますが、協力してくれた方々への感謝の言葉だけです。

そういう自分の手柄を誇らない、ひけらかさない方だからこそ、みんなが協力し、助けてくれたのだと思います。

けれど自動小銃で武装したタリバンのもとに、乗り込んで鉱山技師たちを救出してきたのは、間違いなく中山恭子、中山成彬というご夫妻がいたからであることは、間違いのない事実です。

中山恭子先生が、なぜ人質救出に成功したのか。

拉致が身代金云々の大事に至る前に、拉致後すぐに迅速に動いたこと。

(今回のイスラムの事件では、行方不明になってからすでに2ヶ月経過しています)

2つ目に、責任ある者が最後まできちんと責任を果たしたこと。

3つ目に、中山恭子先生が周辺国やタリバンにまで声がけをし、情報の収集に積極的に努めたこと。そしてすべての機関の協力を得ることができたこと。

4つ目に、国家観をちゃんと抱いた人が、人質奪還にあたったこと。

(自国を愛せない人は、世界中どこに行っても相手にされません)

そして5つ目に、奪還の総責任者に、相手の本陣にまで単身乗り込む覚悟があったことではないかと思います。

ちなみに、中山ご夫妻は、保守系の政治家として知られていますが、ご夫妻の政治信念の根幹にあるのは、「日本を二度と戦争に巻き込まない」です。

国をおもい、国を愛し、亡くなった英霊に感謝するがゆえに、絶対に過去の悲惨を繰り返してはいけない。
それがご夫妻の根幹にあります。

そしてそれは、国を否定し、国を嫌い、英霊への感謝を忘れ、口先だけで憲法九条信奉を説く無責任の対極にあるものだと思います。

特に日頃から九条信者の方は、イスラムの過激派の前で、九条の理念を述べ、人質を奪還してきていただきたいものだと思います。


*過去の記事「scene379:ちょっと番外ですが。」にこの中山恭子先生の事について記載しています。
この記事と、ここでの動画を見ると中山恭子先生がよくわかり、この人なら確かに人質を取り返すかもしれないという不思議な魅力を持った人だという事がよくわかると思います。



本日は「ねずさんひとりごと」で有名な小名木善行先生の著書
から抜粋させていただきました。さらに1/24の「ねずさんのひとりごと」の記事からも抜粋しております。

実は、この「ウズベキスタンの桜」の部分はこの話が中心ではないのです。

話の中心はこうです。
日本国民には知らされていない内容ですが、北朝鮮拉致事件の人質帰国の際、小泉元総理は人質を一時帰国させて後、また北朝鮮に返すつもりでした。
それに猛反対したのが当時官房副長官であった安倍総理と、この話のウズベキスタン特命全権大使を退任したばかりで、拉致被害者家族担当の内閣官房参与の中山恭子先生でした。

その二人がどのようにして全員帰国させたのか?という壮大な話です。
今日の話はその話の補足に使われいます。(こんな凄い話なのに補足です。)

この話は是非この本を買って読んでいただきたいと思っています。

この本の紹介は近いうちにいたします。

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by rangefinder-love | 2015-01-26 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(0)
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