2013年 08月 14日

scene410:日本は中国に戦時中悪い事をしたのか?【通州事件をご存知ですか?】

<予約投稿です>
本日は日本人が一番自虐史に苦しむ
「アジア諸国(特に中国・韓国)に悪い事をした。」
が逆である事をお伝えします。


*韓国については頼まれて併合して、国を発展させてあげたのに自国のプライドの為に
 「侵略」されたと言っているので割愛します。
 正直書く価値すらありません。(バッサリ)


実はこの「本当に言いたい事シリーズ」は8月15日に一番伝えたい事を書くつもりで
これまで続けて来ました。

15日に書く事はずっと前から決まっていたのですが、それまでに何を書くか!?
と言うのが正直悩みました。

書き始めてから色々な方の反応を見て、本日の内容が一番ネックになっているのでは?
と思って15日の前日に記載します。

実は本日の事を書く為に原爆の2日の事と、反日について書いて来たと言っても過言ではありません。

原爆投下の2日間で日本人が抱いている自虐史の矛盾。
反日について、なぜ反日なのかを書ました。

本日は
 これらの根幹となっているアジアでの戦争の発端を記載する事と
 私が自虐史にとらわれている
「戦時中、中国で自分の親が中国人を殺した事」を過去を持つ団塊の世代の方との会話から
 実際はどうだったのか?を記載したいと思います。


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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

本日の多くの事は以前紹介した「ねずさんの ひとりごと」からの抜粋です。

この人の記載する内容は毎回、心打たれるものがあります。
問いかけ方も優しく、安心して読む事ができます。
この問題に正直興味を持った方には一番お薦めのブログです。

さて、いまの多くの日本人は(もしかするとほぼ100%の日本人が)、
暴力はイケナイと思っています。
いかなる事情があれ、手を出した方が悪い。
なぜならそれは「暴力」だから、と普通に思い込んでいます


ところがこれ、日本の常識、世界の非常識です。

「暴力」は、「挑発」されていないのに、手を出す(アタックする)ことをいいます。
相手に「挑発」されて手を出すのは、正当な「自衛権、交戦権の行使」です。
あたりまえです。
「挑発」した方が悪いからです。


ですから、頭のおかしい人が絡んできて、さんざん因縁つけられて、仕方がないので
ポカリとやったら、いまの日本では、それは犯罪であり暴力なのでは?
などと思う人がたくさんいますが、実は、世界中どこでも、それは正当な「生存権、自衛権」
に基づき「交戦権」の行使したにすぎないと考えます。

他の例では、武器を手にした強盗が侵入してきたので射殺したとします。
これも「暴力」にはあたりません。
正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。


「挑発」を受けて、自存自衛のために「交戦権」を行使することは、
個人においても、国家においても、それは正当な「生存権、自衛権」に基づく行動であり、
実は、世界中どこでも、正当な行為とされているものです。
それが世界の常識です。


日本が過去、東亜の諸国を侵略したという人がいますが、それこそ「言いがかり」です。

なぜなら、「挑発」を受けてアタック(攻撃)するのは、正当な「生存権、自衛権」に基づく
「交戦権」の行使だからです。

支那事変(最近ではこれを日中戦争などと呼ぶ人もいるようですが、間違いです。当時の支那は、まだ国家として確立されていません)は、昭和12(1937)年に始まりますが、

7月 7日に盧溝橋で丸腰状態で演習しているろことを狙撃され、
7月25日には廊坊駅で通信施設修理作業中のところをいきなり機関銃やら迫撃砲で攻撃され、
7月26日には広安門で許可を得て通行中のところを襲撃され、

7月29日には、通州で人類史上他にありえないような残虐な方法で民間人223名を殺され、
        ↑この通州事件が後から出てくる内容になります。

その都度、戦乱を防ぐために調停や和議を繰り返したのに、その和議の調印の当日に、
車に乗って通行中の海軍陸戦隊の大山中尉が機関銃の乱射で殺され、
ご丁寧に車内で大怪我をして瀕死の中尉を車外まで引出して、頭蓋骨を割るという、
これまた極めて残酷な方法で殺害されました。


8月23日には、上海にいるわずか2千名の海軍陸戦隊を中心とする4千名を、
3万の大軍で包囲殲滅しようとまでされ、やむなく7万名の上海派遣軍を出兵させています。

ところがこの時点までに、挑発を繰り返していた支那は、なんと2万ものトーチカをつくり、
25万もの大軍で、日本を待ち構えていました。

最終的に、日本は支那兵を駆逐して上海を占領していますが、約3ヶ月のこの戦いで、
日本は戦死者1万0076名、戦傷者3万1,866名、
合わせて4万1,9424名の死傷者を出しています。

流れからすれば、誰がどうみても日本は「挑発」されて、やむなく兵を出しています。

「挑発」を受けてアタック(攻撃)し、正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。


こういう話をすると、日本が支那に兵を置いていたのが悪いんだ、などと言い出す人がいます。

これまた、いいがかりで、この当時、支那に兵をおいていたのは、日本ばかりではありません。
11カ国が自衛のために兵を出していたのです。

これは、ほとんど無政府状態にあった支那に、日本はいまでいうなら、国連PKO部隊のような形で
11カ国が、北京議定書に基づいて、支那に派兵していたものです。


北京議定書が交されたのは、明治33(1900)年6月にあった義和団事件をきっかとしたもので、
この事件では、その教義を学べば斬っても突いても銃で撃たれても死なない身体になるという、
いまでいうカルトのような義和団20万の大軍が、北京にあるたった11カ国の外国人公使館
925名を襲撃したという事件です。

925名のうち、戦える兵力は、義勇兵まで合わせてたった481名だったのですが、
日本人、柴五郎陸軍中佐らの活躍によって、55日の激戦を絶えぬき、ようやく援軍を得て、
公使他多くの命が助かったというものです。

これなども、外国公使館を、一方的に襲撃されたわけで、
事件後、各国がした事はこうです。

ドイツはじめとする各国
:数万の兵を支那に派兵。一方的かつ徹底した義和団の残党狩りと報復を支那全土実施。

ロシア
:満州に進駐して勝手に満州を事実上領有化。

これらは国際的には、まったく「侵略」とも「暴力」とも呼びません。

なぜならそれらは、「挑発」を受けて対応したものだからです。
この場合の対応も、正当な「生存権、自衛権」に基づく「交戦権」の行使です。

つまり、「挑発」を受けて「攻撃」(アタック)するのは、侵略でもなければ、
もちろん暴力でもなく、それがたとえ外国の領土内のことであったとしても、
正当な自衛権の行使にあたるというのが、世界における普通の考え方だ、ということです。

繰り返しますが、さんざん「挑発」されて、やむなく反撃することは「侵略」とはいいません。
ですから「侵略」は、「Un Attacked」です。頭に「Un」が付いています。

日本は、支那事変において支那国民党や支那共産党からさんざん挑発行為を受けて、
やむなく立ち上がりました。
ですからこれは、挑発されてアタック(攻撃)したのですから、正当な行為であって
「侵略」ではありません。


同様に、日本は米国等からさんざん挑発を受けてやむなく、大東亜戦争を開始しました。

永野修身(ながのおさみ)海軍軍令部総長は、開戦前に次のように述べています。
=========
政府側陳述によれば、アメリカの主張に屈服すれば亡国必至であるとのことであったが、
戦うもまた亡国であるかも知れない。
すなわち戦わざれば亡国必至、
戦うもまた亡国を免れぬとすれば、
戦わずして亡国にゆだねるは身も心も民族永遠の亡国であるが、
戦って護国の精神に徹するならば、
たとい戦い勝たずとも祖国護持の精神がのこり、
われらの子孫はかならず再起三起するであろう。
統帥部としてはもとより先刻申したとおり、あくまで外交交渉によって目的貫遂を望むものであるが、もし不幸にして開戦と決し大命が発せられるようなことになるならば、勇躍戦いに赴き最後の一兵まで戦う覚悟である。
=========

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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

日本は「挑発」をうけて、やむなくアタック(攻撃)したのですから、これは国家としての
自存自衛のための交戦権の正当な行為であって、「侵略」ではありません。

日清戦争:日本は清国から朝鮮半島をめぐって、さんざん挑発行為を受け、
     やむなく開戦に踏み切りました。これも国家として「交戦権の正当な行使」です。

日露戦争:日本はロシアからさんざん挑発されて、やむなく開戦に踏み切りました。
     これまた「交戦権の正当な行使」です。

日清、日露の戦争を、日本の清国やロシアに対する侵略行為だなどと主張する馬鹿者は、
世界中どこにもいません。

ならば支那事変、大東亜戦争も、まったく同じです。
日本は「交戦権を正当に行使」したのです。


ところが戦後の日本は、あらゆる機会をつかまえて、
「手を出すこと自体が暴力であり、いけないこと」と教え、
それを世界でまったく通用しないのに、日本の常識にしてしまいました。
大きな間違いです。

なぜそういう思想が蔓延したかといえば、「3R,5D,3S」です。
これはGHQが日本を統治する際にあらかじめ定めた日本への統治方針で、
「3R」
=復讐(Revenge)の念をもって日本を改造(Reform)し、米国の属国として復活(Revive)させ、

「5D」
=武装解除(Disarmament)させて以後武装させず(Demilitalization)、財閥を解体させ(Decentralization)、民主化を促進し(Democracy)、非工業化(Deindustrialization)を促進し、
「3S」
=民衆の抵抗を削ぐため、スポーツ(Sports)を奨励し、セックス(Sex)を解放してみだらな風潮を
促進し、映画(Screen)を振興するというものです

※「3R」=Revenge, Reform, Revive
 「5D」=Disarmament, Demilitalization,
      Decentralization, Democracy,
      Deindustrialization.
 「3S」=Sports, Sex, Screen

戦後、多くの日本人のに共通する思いは、先の大戦で身内を含めてたくさんの親しい人たちの命を
失い、もう二度と戦争なんてしたくない、というものでした。

ですから、こうした理不尽な政策に対しても、それはそれとして、お偉方に対応してもらい、
国民自身は、とにもかくにも、二度と戦乱の起きない国づくりと国土の復興を優先しようと、
誰もが思いました。

けれど、もともとが「3R,5D,3S」という、報復的意図によってはじまった体制です。
その進む先は、進めば進むほど、国家の中に歪みが生じます。

その最たるものが、冒頭の「いかなる事情があれ、手を出した方が悪い」という誤った思考です。
しつこいくらいに繰り返しますが、

「挑発を受けて手を出すのは、暴力にはあたらない」

この、あまりにも明確かつ単純な国際社会の標準的な思考を、私たちは、日本人としての誇りや魂とともに、しっかりと取り戻し、標準化、常識化すべきときにきています。



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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

*通州事件の経緯、背景、詳細は「ねずさんの ひとりごと」のこの回をご確認頂きたく思います。
 これは是非見て頂きたい内容です。下記はその抜粋で支那人に何をされたかだけ書きます。 
 これだけでは誤解を生むかもしれませんので、出来ればねずさんのひとりごとをお読み下さい。

昭和12(1937)年7月29日

この日の午前2時、突如、支那人(支那国民党の残兵、支那共産党の工作員3,000人)が
北京郊外50キロの地点にある通州にいた日本人居留民385名を襲撃しました。

そして223名の日本人居留民が、きわめて残虐な方法で虐殺されました。

女性はほとんど強姦されて殺害されました。

殺害方法もきわめて猟奇的な事件です。


=======
旅館の近水楼では入り口で女将らしき女性の遺体があり、着物がはがされ、銃剣で突き刺さされ、
また陰部は刃物でえぐられていた。

帳場配膳室での男性の遺体は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のように突き刺されていた。

女性遺体は裸体で、局部などに刺突の跡があった。

カフェの裏で殺害された親子の子は、手の指を揃えて切断されていた。

南城門の商店の男性遺体は、胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた
(第2連隊歩兵隊長代理の桂鎮雄の証言 中村粲 『大東亜戦争への道』展転社)

・・・・・・
私が住んでいた北支の150マイル以内のところに、200名の男女、子供たちが住んでいたが、
共産主義者によって殺された。

20名はほんの子供のような少女だった。

家から連れ出され、焼いたワイヤーで喉をつながれて、村の通りに生きたまま吊り下げられていた。

空中にぶらぶらされる拷問である。

共産党員は野蛮人のように遠吠えしながら、揺れる身体を銃弾で穴だらけにした。

日本人の友人であるかのように警護者の振りをしていた中国兵による通州の日本人男女、
子供たちの虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。

それは1937年7月29日の明け方から始まった。
そして1日中続いた。

日本人の男、女、子供は野獣のような中国兵によって追いつめられていった。
家から連れ出され、女子供はこの兵隊ギャングどもに襲い掛かられた。
それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。

酷いことには手足を切断され、彼らの同国人が彼らを発見したときには、殆どの場合、
男女の区別も付かなかった。

多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。
水は彼らの血で赤く染まっていた。
何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。
中国兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。

これは通州のことである。
古い町だが、中国で最も暗黒なる町の名前として何世紀の後も記されるだろう。
この血まみれの事件に380人の日本人が巻き込まれた。
しかし120人は逃げおおせた。
犯され殺された者の多くは子供であった。

この不幸なおびただしい日本人の犠牲者たちは暴行が始まって24時間以内に死んだのだが、
責め苦の中で死んでいったのだ。

中国人たちは焼けたワイヤーを鼻から喉へと通し、両耳を叩いて鼓膜を破り、
彼らの「助けてくれ」との叫びを聞こえなくさせた。
目玉を抉り出し、自分の拷問者を見られなくした。
アメリカ西部の開拓初期の頃のイロクォイ族もスー族もこんなことまで考案しなかった。

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2010年 中華人民共和国澳門特別行政区

さて、最後です。ここまで読んで頂いて本当に有難うございます。

それでも、日本人は実際に無差別に中国人を殺したから悪いと言う人がいます。
実際、無差別に中国人を殺しまくりました。


いくら、大義名分があっても戦争中は軍だけでなく一般市民を殺したから
今も恨みを買っているだろう!!と。

先日、私が仕事帰りにタクシーに乗った時です。
タクシーの運転手の方は60歳オーバーの方で、中国の反日問題の話になると

「自分の親は戦争中、満州で中国人を沢山殺したと言っていた。だから戦争中の事はあまり
 話してくれなかった。だから恨みを言われても仕方ないんですよね〜。」


私は聞いてみた。

「お父さんは、本当は誰が軍人で誰が一般人か区別出来なったとおっしゃてませんでしたか?」


しばらく考えた後、

「たしかに、そう言っていました・・・。どうしてなんでしょう?」

「それは、お父さんが戦っていた支那国民党、共産党軍は当時の戦時国際法違反をして
 本来なら軍人は軍服を着て戦わないと行けなかったのを無視して、当時の支那軍は
 日本兵が来ると一般市民の服をはぎ取って一般人の格好をして、一般市民に成り済まして
 今のゲリラの様にして戦っていたからです。」

「・・・・・・・。」

「お父さんは後悔してませんでしたか?罪の無い人々を殺してしまって・・・。
 でもどうしようも無かったとおっしってませんでしたでしょうか?」

「たしかに・・・そういえば、言っていました。そうしないと自分が殺されていたと・・・。」

「お父さんは本当はもっと言いたい事があったと思います。
 でも当時は日本に帰ってくると戦争に行った人がいつの間にか殺人者の様な悪い人に
 なっていて、何も言えなかったようですね。辛かったでしょうね。
 国に残した家族や未来の子孫の為に命を捧げて戦ったのに悔しかったでしょうね。」

「・・・そうか、親父は悪くなかったんだ。仕方なかったんだ・・・。」

 私はこれが真実だと思います。


日本人は悪魔にはなれません。
通州事件のような残虐非道な殺し方など文化的に想像できないのです。

70年前の人だけ、考えられない様な悪魔のごとき振る舞いをしたと思えるでしょうか?

無理だと思います。

歴史認識に疑問を持ち始めたのは、2005年に反日デモを現地で経験したのがキッカケですが、
その時思ったのが、
「自分たちのお爺ちゃん達が恨まれるような事はするとはどうしても思えない。」
がキッカケでした。

皆さんはどう思われますでしょうか?

明日は、終戦記念日。
日本人は何を思って大東亜戦争を戦ったのかを、日本人のほとんどが真相を知らない
「硫黄島の戦い」から考察します。

あの戦争は無駄だったのでしょうか?
あの硫黄島の人達の玉砕は無駄だったのでしょうか?真相は違います。


長文を読んで頂いて有り難うございました。今日は3時間ぐらいかかりました・・・。
もし心に響く所あれば、カエルをクリックお願い致します。•̀ㅁ•́

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by rangefinder-love | 2013-08-14 17:00 | 本当に伝えたい事 | Trackback | Comments(4)
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Commented by LM_HELL at 2013-08-14 20:58
そう、通州事件は決して風化してはならぬ事であります。
Commented by rangefinder-love at 2013-08-15 20:26
★ LM_HELLさん
そうですよね。でも通州事件は風化どころか、ほとんどの日本人がしらないと思います。まずはそこからですよね!
Commented by g_voyageur at 2013-08-16 02:21
こんばんは。

戦争問題にて自分の知識の無さに恥ずかしさを感じております。
人を積極的に殺す事は肯定してはいけませんが、
攻撃してくる相手から身を守るというのは必然です。
事実を事実として表に出し、過ちは過ちとして認めしかしねつ造されている正しいことは早急に是正しなければ我々の未来は危なくなってしまいますね。

正確な証拠である生き証人がいらっしゃるうちにやっておかないと事は難しくなる一方ですね。
Commented by rangefinder-love at 2013-08-16 21:14
★g_voyageurさん
そんな事はありません。皆本当の事を義務教育では教えられなかったのですから。
もしもっと知りたければ、私の紹介するブログの中で特にお薦めなのは「ねずさんの ひとりごと」ですよ。
CGSも色々番組があっていいですよ。
生き証人がいてもいなくてもあまりもう関係ないかもしれません。
生きていらっしゃる方はもう高齢です。
きちんと教育すべきですね。


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